夢は日本のオリンピック出場!文武両道を極める、アイスホッケー日本代表の素顔とは #アイスホッケーバカ前編

こんにちは!
インタビュアーのななです。

皆さんは、アイスホッケーを見たことがあるでしょうか。
「氷上の格闘技」とも呼ばれるほど激しいこのスポーツ。
その迫力には誰もが圧倒されること間違いなし!

今回は、#宇宙バカ に引き続いて、日本を飛び出してアメリカで練習に励む日本アイホ界の期待の星に、インタビューしちゃいました!

それでは、早速どうぞ!

家族に支えられた幼少期

なな

今日はよろしくお願いします!

三浦さん

NCAA(全米大学体育協会) Division 1リーグに所属するLake Superior State Universityの三浦 優希です。よろしくお願いします!


▲三浦優希さん

なな

いきなり恰好いい大学名(笑)。三浦さんは現在、海外で活動されているんですよね。

三浦さん

はい。普段はアメリカのミシガン州にある大学でプレイしていますが、アイスホッケー日本代表としても活動しています。

なな

(これまたすごい学生…!)学生アスリートともなると、やっぱり相当小さいころからアイスホッケーをされていたんですか?

三浦さん

初めて防具を付けて氷に乗ったのは、3歳ごろだそうです。物心つく前からスティックを握っていたんですが、地元のアイスホッケーチームに入部して、本格的に競技を始めたのは幼稚園の年長のときだったと記憶しています。


▲アイスホッケーを初めて間もないころの三浦さん

なな

3歳から!そもそも、三浦さんがこの競技を始めたきっかけというのは、何だったんですか?

三浦さん

僕がアイスホッケーを始めたのは、プロ選手だった父の影響ですね。父は現役時代は国内のチーム(西武鉄道)でプレイしていて、1998年に開催された長野オリンピックでは、日本代表選手として参加しました。


▲現役時代の三浦さんの父・三浦孝之さん

なな

お父様が元オリンピアンとのことで、三浦さんはアイスホッケー界のサラブレッドなんですね!

三浦さん

確かに父は、自分にとって一番の指導者であり、理解者であり、そして最も尊敬する人物です。彼は日本を代表して戦うということや、世界の広さを幼いころから教えてくれました。

なな

どんなときもそばで支えてくれる人が身近にいることは、すごく心強いですね!

激動の中高時代

なな

今でこそ海外で活躍されている三浦さんですが、いつから外国を拠点にプレイするようになったのですか?

三浦さん

僕は中学まで東京にある公立校に通って、高校はアイスホッケーのスポーツ推薦で、早稲田実業学校高等部に入学しました。海外経験としては、高校2年(2013年)の8月にチェコ共和国に短期留学したんですが、そのときに20歳以下のトップリーグに所属するチームから移籍のオファーを受けたんです。それで同じ年の11月から本格的に留学をすることにしたので、早実は自主退学して、2014年の4月から日本の通信制高校に転校することに決めました。スポーツ推薦選手として早実に入学したのにもかかわらず、途中でチームを離れることになったことで本当に大きな迷惑をかけてしまいましたが、自分の夢を追うことを快く受け入れ、応援してくれた当時のチームメイトには感謝してもしきれません。


▲早実時代のチームメイトと

なな

高校時代からオファーを受けるような選手だったんですね!通信制の高校に転校したとのことですが、学業との両立はどのようにされていたんでしょうか。

三浦さん

僕がNHK学園高等学校という通信制高校に通っていた頃は、練習後に毎日オンライン授業を受けて、期日までに課題を提出する日々を過ごしていました。それに加えて、スクーリング(学校に通って授業を受けること)を年に三日間ほど受けなければいけなかったので、シーズンオフで一時帰国したときに高校に足を運び、授業やテストを受けたりもしていましたね。

なな

忙しい中で、しっかり勉強にも取り組んでいたなんて関心してしまいます!

三浦さん

高校時代は、学校の先生方が僕の事情を理解して下さり、無理なお願いにも柔軟に対応して下さったおかげで、無事に卒業をすることができました。NHK学園を紹介してくださった早実の教員の方々や、未だに応援し続けてくれている当時のチームメイトやクラスメイト、NHK学園の先生方には本当に感謝しているし、アイスホッケーを続ける上で幼いころから「文武両道、スポーツしたいなら勉強にもしっかり取り組むことは当たり前」という教育をしてくれた両親にも「ありがとう」と伝えたいですね。

なな

そうなんですね!常に周りの人への感謝を忘れない心、私も見習いたいです。

安定を手放して手に入れたもの

なな

海外のチームメイトとプレイするに当たって、チームメイトとのコミュニケーションが重要になってくると思うのですが、言語や文化の異なるメンバーと意思疎通を図るときに、苦労したエピソードがあれば教えてください。

三浦さん

色々ありますが、一番最初に苦労したのは、チェコに行ったときですね。一発目のチーム練習に参加したときです。僕は当時チェコ語も英語も何にも話せない状況だったし、ましてや日本にアイスホッケーがあること自体知らない現地の選手も多いので、なんとなく初見で「なめられている」のが伝わってきたんです。

なな

それは辛い…。

三浦さん

これって当然のことかもしれないけれど、この光景を見た瞬間に、僕は「緊張」という感覚から「絶対にこいつらを見返してやる」という強い決意に変わりました。実際に、練習でそれなりに活躍してからは、チームメイトも僕に興味を持ってくれて、どんどん仲良くなることができました。


▲チームが得点して仲間と喜ぶ三浦さん(写真左から2番目)

なな

普通の人だと、できないことに対してふさぎこんでしまいがちですが、その難関を中学生・高校生の年齢で乗り越えてしまうとは!さすがのメンタルですね。

三浦さん

僕としてはある意味「認めてもらった」という感じですよね。スポーツで海外挑戦するということは、普通の語学留学とは違って、そこには必ず戦いがあります。自分の経験上、第一印象でどれだけ周りを認めさせることができるかというのは、ひとつ重要なポイントな気がしているんです。

なな

なるほど。

三浦さん

語学に関しては、いまだに僕もパーフェクトに話せるわけではありませんが、やっぱり間違いを気にせずにガンガン話すことが重要なのかなと思います。チェコにいたときに特に強く感じたのが「母国語でコミュニケーションを取ろうとする」ことの大切さですね。

なな

チェコというと、チェコ語でコミュニケーションをとっていたわけですか?

三浦さん

そうですね。チェコ人のチームメイトに、たとえ片言でもチェコ語で物事を伝えようとしたときと、英語で話すときとでは、向こうの反応がまるで違ったんです。
僕ら日本人が、外国から来た人が懸命に日本語で何か話そうとしているのを見ると何とか理解しようとするのと同じように、「この国の言葉で話そうとしてくれてる」という姿勢に、好意を抱いてくれることが多かったですね。

なな

それは貴重な発見ですね!確かに、わざわざ日本語で話しかけてくれる外国人には、どこか親近感が湧く気がします。そんな思い出深いチェコでは、どのくらいの間プレイされていたんですか?

三浦さん

チェコでは2年間プレイしました。2015-2016シーズンにはリーグ得点王を記録して、チェコのシニアチームからプロ契約のお話しをいただいていたんですよね。ですがちょうど同時期に、アメリカの20歳以下トップリーグのチームからドラフト指名を受けたので、2016年に渡米を決意しました。


▲チェコのチームでプレイする三浦さん

なな

どちらも魅力的に思えるのですが、後者を選択した決め手は、ズバリなんだったんですか?

三浦さん

実はこのときすごく迷っていたんです。いろいろな要素はあったのですが、アメリカ行きを選んだ最大の理由は「新しい環境に挑戦する楽しさ」を求めていたからだと思います。

なな

「挑戦する楽しさ」ですか。

三浦さん

はい。スポーツに限らずどんな社会の中でも、今まで作り上げてきた評価や地位を手放し、自分のことを誰も知らない新たな環境にチャレンジするということは容易ではないし、すべてにおいて今までより難しいことばかりになることは分かっています。
それでも、強い信念をもって決断したときというのは、いつの日か必ず、自分が想像もしていなかった道が目の前に広がるということを、私は過去の経験から学んでいました。だからこのときも、アメリカへ行くことを選択したんですよね。


▲アメリカのチームでプレイする三浦さん(写真左)

なな

まだ20歳にもなっていない人間がこんなことを考えるなんて…。本当に頼もしい限りですね。

三浦さん

早実を高2で離れてチェコ留学を決めたときも、当時は「本当にこんなことして大丈夫か」と不安になることがありました。それでも自分を信じた結果、新たな可能性が広がり現在の自分があります。
だからこの「決断の哲学」は、これからも大切にしていきたいと思っています。

なな

実体験に基づいた言葉には、やはり重みがあるものですね…!

気になる試合前のルーティン

なな

ここまで三浦さんの中高時代を中心にお話しを伺ってきましたが、現在は、どのようなスケジュールで練習しているのでしょうか。

三浦さん

シーズン中の一日の簡単なスケジュールとしては、午前中は大学の授業、ランチを食べたら14時~17時頃まで練習とウエイトトレーニング、その後夕食を食べ、ナイトクラス(18時~21時)の授業を受けたり、それがない日は家に帰宅して、少しゆったりしてから夜は3時間ほど次の日に向けて勉強という感じです。ざっくり言えば、朝昼は授業、夕方は練習、夜は勉強という流れですね。
一週間のスケジュールで言うと、今述べたサイクルを月~木まで繰り返して、金・土で試合、日曜日がオフというのが基本的な流れです。
私の大学が所属している組織、NCAAでは、一定以上の学業成績を収めなければ、試合や練習に出場できないことがルールで定められています。大学でスポーツをやっている選手のことを”Student-Athlete” (学生アスリート)と呼ぶのですが、Studentという言葉が先に来るということは、学生の本分は勉学に努めることである事を示しています。


▲試合中の様子

なな

アスリートとは言え、そこは学生の身分をわきまえていらっしゃるんですね。何なら私よりもよっぽど三浦さんの方が勉強している気がしてきました(苦笑)。
続いて試合前の過ごし方についてなんですが、これだけはいつも必ずする!ということは何かありますか?

三浦さん

試合前に必ずすることは、昼寝と部屋の掃除ですね。
必ず2時間ほど睡眠をとるようにするのと、家を出る前に必ず自分の部屋を片付けています。具体的には布団をしっかり直したり、机の上を整理したりとかかな。

なな

昼寝をして心身を落ち着けるのはわかる気がしますが、部屋の掃除をするというのは斬新ですね!

三浦さん

そうなんですよ。「部屋を整えることもできない選手が、試合で心を整えられるはずがない」と言われてから、心掛けるようにしています。そうは言っても、普段から部屋が綺麗なわけではないんですけどね(笑)。

なな

なるほど。一見関係がなさそうですが、確かに部屋がきれいだと、試合にも集中して臨めそうですね!

三浦さん

それから、試合の日に、というか毎日必ず聞く音楽はB’zですね!中学生のころ友達に紹介されて以来ずっと大好きで、辛いことがあったとき、何度も何度もB’zの歌に励まされてきました。

なな

やっぱり音楽の力って、侮れないんですね。

三浦さん

そうですね。いつかNHLの舞台に立つときには、B’zの曲を入場の時にかけてもらって、その様子を稲葉さんと松本さんのお二人に見に来ていただきたいと本気で思っています。本当にバカげていますよね(笑)。

なな

いや全然バカなんかではないです!それを聞いたら、三浦さんにB’zを紹介したお友達も、稲葉さんも松本さんも、めちゃくちゃ喜びますよ!

アスリートに怪我はつきものなのか?

なな

私は大学アイスホッケーの試合を観戦したことがあるんですが「氷上の格闘技」と呼ばれるだけあって、ものすごい迫力だったのを覚えています。それで気になったのですが、あれだけ激しいと、怪我などもかなり頻繁にしてしまうものなのでしょうか。

三浦さん

それは選手によって異なるとは思いますが、競技経験が長くなればなるほど、避けられない怪我は多くなると思います。
僕で言うと、相手の打ったパックが首に当たってしまったり、相手のスティックが顔に入って前歯が折れてしまったり、スケートのエッジが顎や太ももに入ってパックリ切れてしまったりということはよくありました。

なな

「よくある」って…。

三浦さん

アイスホッケーは接触も許されるスポーツなので、こういったものに関しては、アクシデントもあるし仕方ない点が多いと思いますね。僕の場合は、中学2年生のときにオーバーワーク(練習のし過ぎ)で腰椎分離症になってしまったんです。朝起きたら普通に立てないほどの激痛が襲ってきて結局1年間丸々ホッケーができなくなって。大学1年目のときには、練習中に足首を骨折したんですが、転び方が悪くて復帰まで3か月もかかってしまいました。

なな

もう想像しただけで痛々しいです…。

三浦さん

でも、こういった経験を通して「防げるはずの怪我をしてしまうのは、自己管理能力が低いから」ということを学んだんです。負傷をせずにシーズンを終えることがアスリートにとってどれほど重要かを再認識することができました。

なな

まさに文字通り血のにじむような努力をされているんですね。

三浦さん

よく「過去に怪我をした」ことを堂々と話す人がいますが、僕からするとそれは別に誇ることでもないと思っています。俗に言う「寝てない自慢」と同じですね(笑)!

なな

なるほど。それはわかりやすい(笑)。

三浦さん

怪我から学ぶことは本当に多くありますが、やっぱり競技を休まなければいけないのは辛いことなので、今後できる限り予防していきたいと思っています。

なな

怪我の防止にまで気を配れてこそ、真のアスリートなのかもしれませんね!

To be continued…

小さい頃からアイスホッケーが身近にあったという三浦さん。彼はこれまで常に険しい道を選択し続けてきたわけですが、現在はどのような思いでパックを追いかけているのでしょうか。

まだまだ紹介したいことがたくさんあるので、こちらのインタビューは後編に続きます!
続きが気になるというあなた、次回の更新を楽しみにお待ちください!

ライター紹介

nana

早稲田大学大学3年在学。バカレッジでは主に大学生インタビューと記事の作成、ニュースリリースを担当しています。ベンチャー企業にてライター経験あり。

あなたにオススメの記事